人は誰でも必ず死ぬ~それを忘れずに今を生きれば人生は満たされる

人生ナビな日々

ある日の朝、思いもしない情報が飛び込んできました。
それは予想もしない、突然の訃報。

わたしが瞑想指導をじっくりと習った師匠でした。
元気とエネルギーが服を着て歩いているような人だったのに。

前日、新しいプロジェクトを始めると、嬉しそうに書いていたのを目にしたばかり。
働き盛りの40代。持病もなかったはずです。

後日、近しい人から伺いましたが、文字通りの突然死だったそうです。

死が教えてくれたこと

どんな人にも、その人の寿命と言うものがあります。
それはホントに人それぞれです。

長ければそれでいいわけではない。
短いから殊更不幸だというものでもない。

わたしはそう考えます。

これまでにも、親しい人を幾人も見送って来ました。
どうしてあの人が!という、どうにもやりきれないこともありました。
素晴らしい人生を送って、立派に旅立たれたのだなあと、豊かな気持ちでお見送りした方もいました。


そうした今生の別れを経験するたびに、思うことは一つです。

人は誰でも必ず死ぬ。
どんな人生にも終わりの時がある。
そして、それがいつになるのかは「神のみぞ知る」。

人生の究極の到達点

人生にいつ終わりが来るか、誰にもわからない。

だから人は、懸命に真剣に生きられるのだと思います。

わたしは自分に「その時」が来た時に、後悔なんてしたくないのです。
いつお呼びが来てもいいように、今この時を自覚的に意識的に生きていたい。

今を幸せに生きること。
それは、幸せにこの世を去ることでもあります。

人生ナビゲーターというわたしのコンセプトは、そんな思いの下に生まれました。

この世の最終ゴールを意識して今ここを生きる

そういう生き方を常に求めていれば、年老いることも、世の変化も、怖くはありません。
とえ何が起きても、幸せな生き方(=死に方)を自分が選び取る。そう信じられるからです。

それで、目に見える世界が変わります。
選択が変わり、行動が変わります。
だから、身の回りで起きることも変わっていきます。

まずしっかりと「死ぬ」を意識する。
ここが地に足をつけて生きることのスタート地点。

わたしはそう信じます。