「選ぶ」ことの苦悩から抜け出すために必要なこと

人生ナビのトリセツ

これまで数回にわけて、二者択一の「決められない!」から抜け出すにはどうすればいいのか?について書いてきました。

この記事では、これまでの総まとめ的なことを書いていきます。

本当に苦しい二択の正体

「決められない!」二択問題には2つのタイプがあるでは、選択肢には二つのパターンがある、というお話をしました。

「AかBか?」という並列型の選択の場合には、CやDという他の道を探す方法があります
 

問題はこちらです。究極の二択。一番苦しいのはこっちのパターン。

「Aか、Aじゃないか?」

文字通り二つに一つを選ぶしかない状態のこと。
第三の選択肢が存在しない状態です。

でもどちらも選べない。
だからその狭間で悩む。

これがいわゆる「ハムレットのジレンマ」といわれるものですね。ジレンマとは、相反する二つの事の板ばさみになって、どちらとも決めかねる状態です。

“ To be, or not to be… ” 生きるべきか、死ぬべきか!

そして、ハムレットは悩み苦しんだ末に、結果的に決闘で命を落とすことになります。まさに悲劇です。(彼は死を願っていたわけじゃないと思います)
 

二択の幻想とは?

名作の解読はさておき……
ここで考えたいのは、この二択問題の扱い方です。

本当に選択肢はこの二つしかなかったのでしょうか?

死ぬか生きるか。
悲劇の王子ハムレットは、この究極の二択に自らを追い込んでしまったように見えます。

でも、そもそものハムレットの望みは、なんだったのでしょうか?
 

そうなんです。

実はこのタイプの「Aか、Aじゃないか?」の究極の二択に対する解決の糸口が「そこ」にあります。

その選択を生む元になった、本当の願い、望みはなんなのか?

つまり、どうであったらいいのか?ということです。
 

人生は二択の連続だから

この二者択一問題を考えるきっかけになった出来事があります。それはこんなシチュエーションでした。

しとしと雨の降る週末に、やっと自由な時間ができた。
なじみのお店に飲みに出かけて、ぱあっと楽しく遊びたい。
でもこんな雨の中を出掛けるのはいやだなあ。
服も靴も濡れちゃうし、髪もグチャグチャになっちゃうし……
(わたしは癖毛なので湿気があると酷いことになっちゃうんです)

でも、遊びに行きたい!
ああ、どうしよう!?

つまらない悩みでスミマセン。でも日々の悩み事って、実はこんな些細なことだったりしませんか?
 

さて、この状況をまとめてみます。

この時の二つの選択肢は具体的に言うと、こうなりますね。

A:雨が嫌だけど我慢して出かける
Not A:雨が嫌だから遊びに行くのをあきらめる

この時の望みはなにかというと「いつもの店に遊びに行って楽しく過ごすこと」です。
それを邪魔しているのは「雨がイヤだから外に出たくない」という気持ち。

この相反する二つの望みを、どちらもかなえる方法はあるのでしょうか?
 

道はかならず存在する

答えは、とても簡単です。
タクシーを呼んで、家の玄関から店の前まで、雨に濡れることなく出かければよろしい。
ね、簡単でしょ!(笑)

このアイデアで、遊びに行くことと雨にぬれないこと、両方を見事にクリアしたわけです。まあ、これはあまりに低レベルな事例ではありますが……。
 

でもこうした思いつきというのは、二択の沼にはまっていると案外、浮かんで来ないもの。なにしろ沼にどっぷりと、はまっちゃって盲目的になっていますからね。

かの天才アインシュタインも言っているように、「問題と同じ地平にいたのでは問題の解決法は見つからない」のです。
 

だから、そこから抜け出すには、ちょっと意識を変える必要があります。

これは、視座を変える、とか、一歩離れてメタ視点を持つ、などと言われる方法。
意識の持ち方ですね。抽象度レベルを一つ上げる、とも言います。

二つの矛盾する望みを同時にどちらもかなえる方法、どちらをも内包する視座を見つける、ということです。
 

この意識のチャンネルを切り替える手法は、様々な問題にとても有効です。

意識レベルを一つ上げると問題それ自体が問題ではなくなる。

これは目が覚めるような、ひらめきの体験。
すべての問題は実は問題ではなくて、ある一つの物事の一面に過ぎない、ということが一瞬にして腑に落ちるんです。

これがわかるだけで、怖いものなしのメンタルになります。
 

悲劇の選択をしないために

さて、悲劇の王子ハムレットは、物語の最終章で “Let be !”「なるようになれ!」と叫んで、ついに“ To be, or not to be… ”の二択から抜け出す行動を起こします。

でも悲しいかな、その行動は、逃れようのない決闘に臨むことでした。
悲劇の王子はついに「死」という宿命の手から逃れることが出来ませんでした。
(シェークスピアって、意地の悪いオジサンだったのかも ?)
 

なにはともあれ、現代を生きるわたしたちは、行動する時にはちゃんと安全確認を怠らず、望むゴールをしっかりと心に描いて、道しるべにしておきましょう。

それを忘れるとハムレットのように、本末転倒な結果を呼び寄せてしまいますから。

もしかすると偉大な文豪さんは悲劇を通して、そのことを伝えたかったのかもしれませんね。